272: タイトルすらなんとつけるべきかわからない 東京 一人暮らし OLのホンネ

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272: タイトルすらなんとつけるべきかわからない

書くことが、

うまくまとまらず、

書いたり消したり、

書いたり消したり、

書いたり消したり、

のくりかえし。



そんな簡単に、振り返るなんてできないし、

そんな簡単に、がんばろうなんて言えないし。



「1年」と、勝手に区切ろうとしているけれど、

大切な人や家や町を失った人たちにとっては、

「はい1年です」なんて、区切れるものではないと思うし、

正直、なんと言っていいのかすらよくわからない。



確実なのは、14:46に手を合わせることと、

これからも自分の身の丈で

できることを続けるということ。
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19:00追記:

ポロポロと涙をこぼしつつも、
しっかりとこれを読みあげるご本人を見ながら、
TVの前で大号泣してしまった本日。
人間としての気高さすら感じる「ことば」だった。


-------
朝日新聞デジタルより:
http://www.asahi.com/national/update/0311/TKY201203110163.html


東日本大震災1周年追悼式に参加した
宮城県遺族代表・奥田江利子さんの「ことば」は次の通り。

「悲しみを抱いて」

東日本大震災では大勢の人が亡くなりました。
そして、いとおしい人を思い続けるたくさんの人が残されました。

私は津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市北上町に、
2人の子どもと両親とで住んでいました。

震災の1週間前、23歳だった長男智史の結婚式でした。
息子夫婦が入籍の日に選んだのは3月11日でした。
2人は我が子の誕生を楽しみに、人生で一番幸せな時を迎えていました。
私たち家族は、その将来に向けてささやかな幸福を感じておりました。
震災の日も、いつもと変わらない朝を迎えて、
変わらず明日が来る来ないなんて思いもしませんでした。

地震の後、息子は家族の身を案じ、
妹と祖父母が身を寄せていた近くの避難所に車で向かったそうです。

津波が海から数メートルの避難所を襲い、
たくさんの尊い命をもぎ取り、奪っていきました。

窓からは、迫りくる波が見えただろうに、どんなに恐ろしい思いをしたか。
それを思うと、胸が締め付けられます。

ただただかわいそうでかわいそうで、いたたまれません。

次の日、避難所から100メートルの自宅のあった場所近くで
息子は見つかりました。
一緒にいたはずの娘は、家族の一番最後、1カ月後にやっと見つかりました。

妹をその腕の中で守っていたかのように
手を組んで水たまりに横たわっていました。
「おかあ、俺なりに頑張った」。そう言っているようで。
「おまえ頑張ったな。偉いぞ。みんなと一緒にいてやったんだよね。」
何度もそう話しかけました。

冷たくなった夫にすがって泣き続ける嫁。
こんな残酷な思いをさせてしまって本当に申し訳なくてすまなくて、
残されたこの子らがふびんでなりません。

身重の妻を残して逝った息子の気持ちを思うと、
どんなに無念だったか、この母が代わらせてもらいたかったです。

見渡す限りの惨状に地獄はここだと思いました。

私の大切な家族。

強くて厳しかったけれども、芯の温かだった母。

一家を辛抱強く支えてくれた父。

年の離れた妹を心底かわいがり父親代わりをしてくれた息子。

心優しく、その笑顔が我が家の明かりだった娘。

14年ぶりに授かった娘は家族の宝物であり私の生きがいでした。

受けとめがたい現実、やり場のない怒りと悲しみ、そして限りのない絶望。

最愛の人を失ったというのに自分が生きているという悲しみ。
「生きることがつらい」。そう思う申し訳ない気持ち。
生きていることが何なのか、生きていくことが何なのかを、
考えることさえできない日々が続きました。

愛する人たちを思う気持ちがある限り私たちの悲しみが消えることはないでしょう。
遺族はその悲しみを一生抱いて生きていくしかありません。

だから、もっと強くなるしかありません。
涙を超えて、強くなるしかありません。

今、私はこう思うようにしています。
「子どもたちが望む母でいよう」
「これでいいだろうか」
「こんなときに両親はなんと言うだろう」

そう思うことで、「亡くした家族と一緒に暮らしている」
そう感じていたいからです。

絶望の中にさす光もありました。
息子は私たちに生きる意味を残しました。

忘れ形見の初孫が7月に生まれ、元気に育っています。

その孫の成長が生きる希望へとつながっています。

最後に、被災地の私たちを支えて下さった多くの皆さん、
日本全国、世界各国の皆様に心から感謝を申し上げます。

皆様からの温かな支援が私たちに気力と希望を与えてくださいました。

だから今日までこうして過ごしてこられました。

その恩に報いるには、私たち一人一人がしっかりと
前を向いて生きていくことだと、そう思っています。
差し伸べてもらったその手を笑顔で握り返せるように乗り越えていきます。

本当にありがとうございます。
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COMMENT

Re: タイトルなし

sheyln-sama

コメントありがとうございます♪

昨日、TVで、
「絆なんてキレイごと言ってるヒマがあったら早く具体的な復興案を出せ」
というような内容を言っているのを見ました。
本当にそのとおりだと思いました。

私も、大事な人やモノや町を一瞬にして奪われた方々、
そして残された方の苦しみなど、全く想像にも及ばず、
本当に言葉になりません。

言葉にならないとは、こういう時に使うんだなって、心底思いました。

できることをして、忘れないで、
元気な私達が、元気に生きて行かないと、ですね。

Taemi

| Taemi | 2012/03/12 21:12 | URL | >> EDIT

Re: タイトルなし

仙台より-sama

コメントありがとうございます♪
大変な状況の中、メッセージいただき、ありがたいです。

知り合いが亡くなることもなく、住む家を失ったわけでもなく、
「日常」に戻ってしまっている地域で生活をしている身分としては、
何と申し上げてよいのか、言葉がみつからないというのが本音です。

ただただ、亡くなった方のご冥福をお祈りしつつ、
残された方々はどんなにお辛い日々を送っているのだろうと、
涙があふれるばかりでした。

星、そうですね、そうかもしれませんね。
今日、朝、家を出る際、こちらは雲ひとつない晴天でした。
まるで、「ほら、今日からまたがんばりなさい」と言われているようで、
思わず、しばらく空を見上げてしまいました。

全く気の利いたお返事ができず心苦しいです。

Taemi

| Taemi | 2012/03/12 20:59 | URL | >> EDIT

Re: タイトルなし

すず-sama

コメントありがとうございます♪

すずさんのように、大変な状況下にあってもなお、
コメントの最後に誰かの幸せを願う言葉を添えられるって、
本当にステキだなと思います。

とても色々なことを考えさせられる1年でした。
私も、あの揺れを思いだすだけでも怖いのですが、
命あることに感謝して、これからも、
できることで協力していきたいなと思います。

すずさんにも幸せなことがたくさんありますように。

Taemi

| Taemi | 2012/03/12 20:49 | URL | >> EDIT

Re:

>鍵コメ-sama

コメントありがとうございます♪
鍵コメさんと同じく、思うこと、言いたいことは
たくさんあるのに、どうしてもうまく言葉にならない、
そんな感情があふれました。

「インテリアの街」、早速見てみますね♪

Taemi

| Taemi | 2012/03/12 20:41 | URL | >> EDIT

この方のお話は抜粋した形でネットで読んだだけだったので、全文を読むことができてよかったです。
載せてくださってありがとうございます。

本当にあっという間の1年間でした。
私はあの日関西にいて、かすかな揺れさえ感じずに仕事をしていました。
ネットのニュースで大きな地震があったことは知りましたが、震度の数字だけでは何も実感できず、あとで家に帰ってから地震や津波の映像を見て、ただ絶句し号泣していたのを覚えています。

復興とか絆とかの言葉の裏に、たくさんの問題が山積みになっています。
大切な人や物をなくした悲しみと、その後の日々のつらさは、わかるなどとはとても言えず、想像すら及ばないと思います。
それでも前を向いて生きていこうとする被害者の方々に、本当に頭の下がる思いですね。

とにかく、できることを。
時間とともに、この震災を忘れることだけはないように。
そう思って、これからも生きていこうと思います。

| sheyln | 2012/03/12 10:31 | URL | >> EDIT

はじめまして、被災地からおたよりします。子供の同級生と親戚をなくしました。映像を見ておりませんでしたので、文字に書き起こしていただき有り難く思います。ここ仙台の昨年の3.11は満天の星空でした。長く生きてまいりましたがあれほどキラキラと輝く星空は初めてでした。人は天に召されると星になるのだという話は本当なのかもしれません。今夜は涙雨の仙台です。夜分に申し訳ありません。

| 仙台より | 2012/03/12 01:28 | URL |

初めまして、すずと申します。

私はあの日、震度6強を経験しました。
ライフラインが復旧して以来、
被害の大小を他の人と比べないことにして、
小さくても楽しいことを探しながら生活してきました。
それでも時々心がざわつくことがありますが
それはそれとして、寄付活動も含めて
私もできることを続けていこうと思っています。

明日も良い日でありますように。
Taemiさんにも幸せなことが多くありますように。

| すず | 2012/03/11 22:34 | URL |

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| | 2012/03/11 18:13 | |















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